5555HIT踏んでくださった美雪あお様に捧げます。
恋 唄


1




大きな葉音が闇の向こうに響いては、ナミがゾロを罵倒する声が辺りにこだましていた。
その声に向かって走ればすぐに闇夜に目は慣れ木立の合間にナミの白い着物が徐々に浮かんで見えてきた。

駆け寄って、天を仰ぎながらなにやら喚く女に「どこだ」と訊けば、ナミはちらりと自分を見やってからまた上を向いて「馬鹿!」と叫んだ。

「そっちじゃないって言ってるでしょう!?」


ホント、方向音痴なんだから、と呆れたように呟いてようやくナミは自分に向き直った。

「結界を張るの。この辺りはもう準備できてるの。後はアイツを誘い込んで北のあの大木に札を貼ればヤツを捕まえられるわ」

「・・・捕まえる?」


退治するつもりじゃなかったのかと、不思議に思って聞き返せばナミが「仕方ないでしょう」と抑揚のない声で言った。

「ゾロとビビの家族を救えるかもしれないのよ。やっつけて・・・やっつけたら、彼らの魂を救うことはできないかもしれないじゃない。永久に・・・とにかく、ヤツを封じるわ。人の言葉が通じるかわからないけど。どうにかできるかもしれないじゃない」

「・・・ナミ、訊きたかったんだが・・・まさかあの物の怪・・・ゾロって奴とどうにかなったとか言うんじゃねェだろうな」

まさかとは思ったし、ゾロは当然のようにそれを仄めかす度に何を、と思ったが、帰ってこなかった昨晩一体二人が何をしていたのかなんて下卑た疑問が不意に胸に沸きあがった。

今目の前にいるナミはいやに情け深い。
まるで別人としか思えない。
化け物退治は自分の名を上げるためと公言して憚らなかった女だと言うのに、人に害がないとは言え、やはり物の怪に違いないゾロやビビのことを慮って、あの一つ目の妖怪を捕らえて何かしらの解決策を求めようとしているのだ。
ここまで来れば疑問は確信に近付いて、ナミが頷くことは想像に容易かった。
けれどもナミは一切答えず、また暗闇に一声、「こっちよ!」と叫んで、自分には「あんたはあっちにいなさいよ」と平然と指示するばかりで、それがまた妙にしっくりこない。

「おい、アイツと何か・・・───」

「うるさいわね!怪我人は黙ってそっちで見てればいいでしょ?」

くるっと振り返ったナミは。

怒っているくせに、泣きそうで、怒鳴っているくせに今にも笑いそうな面持ちだった。

(そんな顔・・・まるで・・・───)

「・・・お前も普通の女だったってェことか・・・」

「なっ・・・何の話してるのよっ!?」

コーザは僅かに口角を上げた。

いつも偉そうにしていたナミは、今、妙齢の女に戻って狼狽を隠せずにいる。
長い付き合いだが、それは自分が初めて見たナミの幼さでもあって、そういえばこの女も自分の年下だったのだと今更ながらに実感した。



「相手は物の怪だろう」


「・・・それが何か関係あるの?」


「そりゃあ・・・」


「アイツが気に入ったの。それだけよ。他には何もないわ」


「だが、物の怪だぜ」








「・・・死なせたくない奴と一緒にいるのに、人間だとかそうじゃないとか・・・」





「うじうじ考えてられないわ」



言葉尻が微かに強まった。
故に、ナミが泣き出すのかとふと思って、その顔を見れば、彼女はキッと闇を睨んで「・・・来た!」と呟いた。

途端にザァッと葉が鳴って、眼前の木が大きく揺れたかと思うと黒く大きな狼が闇に紛れて姿を現した。
荒く息を吐いて、己の足元に駆け寄った狼に何故か恐怖心は微塵もなく、それは『彼』だと悟った。

「コーザ、あの錫杖は・・・?」

わが手を見て「あの家に・・・」と言うと、ナミは苛立たしげに「馬鹿!」と一喝する。

「知らないわよ・・・どうなっても!ゾロ、あんたの方が速いわ、取りに行って!」

狼は喉の奥でグル、と唸って反論しようとしたのだが、俄かに耳を動かしてじっと身構えた。


「・・・行きなさい、ゾロ」

潜められた声に弾かれたように『彼』が走り去った後には、静寂ばかりが自分達を包んでいた。
何せ一度自分を傷つけた相手がこの闇の中にいるのかとも思えば、急に冷や汗がじりと浮いて流れていく。
化け物だろうが何だろうが、あのゾロという奴は確かに頼もしい気がして、彼のいなくなった後のこの空気がいやに寒々しい。

「錫杖なんかあっても・・・」

「・・・気付かなかったの?」

「何を・・・」


「───コーザ、伏せて!」




ひゅうと空気が唸った。

一瞬遅く反応していれば、その爪で自分の首は体から切り離されていただろう。
地に跪いて慌てて顔を上げれば、ナミが目当ての大木に鍼を打った札を投げつけんと振りかぶっていた。
その袖が己の頭上をひらりと舞った。







「・・・・・・ナミッ!」


狼狽のあまり、声は掠れた。
だがそれを厭うてる場合ではないとがばっと身を起こし、コーザは崩れ落ちるその体を寸でのところで支えた。

背から与えられた衝撃に、ナミは顔を歪め、手にした札をぐっと握り締めた。
一つ目の物の怪は己という狙いを外したと知って、瞬時に踵を返し、彼女の背に爪を立てて、また闇に消えた。

「・・・女を傷つけるなんて最低だわ」
「そんな事言ってる場合じゃあ・・」

白い衣は大きく破れて赤く染まっていた。
朱色の袴に滴り落ちた血は、それを黒く染め上げて、今尚溢れ出している。

なんとも不甲斐ない。

この女は自分を庇ったも同然で、不甲斐なさばかりが胸を衝く。

その手に握られた札をむしり取ると、コーザは闇を仰ぎ見た。
化け物の気配はそこら中に漂って、未だ自分たちの様子を窺っているということは明白だ。




「ヤツもゾロにやられてんのよ・・・だから、あたし達を喰らって生気を取り戻そうとしてる。」

「今しかないわ」



コーザは駆け出した。

腹の傷が痛む。
開ききった傷から、熱い血が流れていく。

だがそれすらも忘れたかのように、彼は駆けた。
闇が自分を包むような山中、もはや生き物の気配は掻き消えて、此処は一体どこなのかなどと不意に思わせられて、見えている筈のその巨木がいやに遠く感じた。
恐怖心がないわけがない。
むしろ恐怖のみが心を支配しては、挫けそうになる己が居る。
背後に襲い来る不気味な気配に振り返りそうになる己が居る。

けれども。

頭に浮かぶのは。

(ビビ・・・───!)

あの健気な少女の笑顔が、自分を急き立てるのだ。
守れなかったあの笑顔が、走れと叫ぶのだ。

痛みに足がもつれて、息は荒く、だが眼光だけは鋭い男がようやく目的の木の前に立った時、背後からは腹の底から響くようながなり声が立てられた。

この鍼で札を打ち付ければ、その瞬間にも自分の命は取られるかと、歯を強く噛み締め、一枚の白い紙を通した鍼を力の限り幹に突き刺した。




********




悲鳴とも轟音とも言えよう大音声、山中に轟いて、ビリビリと肌に刺した。
いつしか固く閉じていた眼をおそるおそる開けば物の怪が、己が背に喰らいつかんとする位置で悶えている。

「・・・ただの結界じゃあねェのか・・・」

呟いてもんどり打った化け物を見下ろした。
なるほど確かにナミの言葉通り、体に数多の傷があり、ゾロがコイツに傷を負わせたから人間の自分の足にも追いつかず・・・いや、この化け物も慎重になって様子を窺うに徹していたのだろうと悟ったところで、コーザは一つ大きな息を吐いた。

腹の中心が熱を持っている。
痛みが不意に神経を襲って、崩れるように座り込むと、暫しその一つ目が泡吹いて悶える様をじっと見つめていた。


「コーザ、よくやったわね」

「・・・どうせ俺の力じゃねェ」

「ひねくれちゃって・・・」

呆れ顔の女は、口に錫杖を咥えた狼の背からゆっくりと下りた。



「お前こそ、珍しいな。今まで傷を負いそうになれば逃げてきただろう」

「当たり前じゃない。私は女なのよ。玉の肌に傷を残すわけにはいかないわ。」

「言ってることとやってることが違うぜ」

「これはちょっとしくじっただけよ。あんた達男が情けないからよ?・・・・・さて、ゾロ、その錫杖をちょうだい」

狼からそれを受け取って、ナミはつ・・・とコーザに眼前に突きつけた。
カシャッと音が鳴ったかと思えば、ナミの手元で二つに分かたれたその杖の中からは丸められた紙片が一枚、ふわりと落ちた。

「・・・何だ、そりゃ?」

「だから持ってなさいって言ったのよ。これは師匠があんたの身を心配して私に預けた護符なの。あんたってば石頭の上にひねくれてるんだもん。普通に渡しても、受け取らないんじゃないかって。あんないい養い親に心配掛けるなんて、やっぱりあんたは半人前だわ。それがなかったら、4日前、一体どうなってたと思うの?今頃あんたなんて食べられちゃって・・・」

くいっと狼が鼻先でナミの手をつついて、ようやく彼女の唇が閉じられた。
まだ言い足りないのだろう。
苦い顔で護符をコーザに投げてよこすと、ナミはぶちぶち文句を言いながら悶えることも疲れたのかすっかり大人しく伏せてしまっていた一つ目に向き直って、手で印を結んだ。

ナミの呪いの文言を遠くに聞いて、コーザは手にある護符に目を落としたまま動くことができなかった。

あの父は、成り行きから俺を養うことになった。
だが、才能ある女が後から門下に入ってきたものだから、もう俺などは用無しではないかと。

ひねた目で親を見、この女を見、そして自分を見ていた。

努力したところでこの女の上に立つことはどうしたってできない。

天賦の才を見せ付けられて、それに喜ぶ親父の顔を目の当たりにして、諦めにも似た絶望が常に心に在った。

父はそんな自分を知って尚、この命を守れと言うか。





「石頭、か・・・」



呟いた時、辺りが不意に眩い光に包まれた。体を動かす気力はそうそう残っていない。
太い幹みもたれかかったまま、顔だけを向ければ、あの一つ目の物の怪の口から、数え切れぬほどの白い光が出ては辺りを彷徨い、自分たちの頭上に浮かんでいた。
夢のような光景に、何故か美しさも感じて見入っていれば光の中、ゾロの黒い毛皮がところどころべたりと血に濡れて、彼も相応の傷を負っているのだとはたと気付いた。

勿論それは気丈に振舞うナミにしても同じことで、背は赤く染まって、ただ見るだに痛々しい。

重い体を起こして立ち上がると、ナミが「あんたは座ってなさいよ」と言った。

「・・・これ以上情けねェ姿を見せるのはごめんだ」

「誰に見せたくないの?」

「誰にって・・・」





「あんたがその姿を一番見せたくないお姫様なら、あの家で眠っているでしょう」

振り返って口の端を上げて笑った女に、数日前なら罵倒の言葉を浴びせるか、さもなくば返す言葉も失って溜息をついていただろう。
だが心はやけに晴れていて、つられて己の顔も綻びる。

「その兄貴がいるだろう」

「ですって、ゾロ」

話を振ると、狼はその鋭い眼で自分をちらっと見てつまらなさそうに地に体を横たえた。

「・・・ゾロ。話はもう終わったの?」
目をつぶった狼に訊けば、彼は面倒そうに「あぁ」と唸るように答えてそれきり何も話さない。

「話・・・?」

辺りを見渡しても白い光以外に何もない。
足元には力無くしてぐったりと這い蹲った物の怪一体。
やはり物の怪同士、言葉なくして喋ることが可能なのかと不思議に思っていると、ナミが横から付け加えた。

「これは全て魂よ。コイツが喰らってきた・・・ゾロやビビの一族たちの魂。」

あぁ、それで。




この光に邪気はなく、だが何故か俺らの・・・いや、ゾロの頭上をふわりふわりと舞っている。


「何て言ってるんだ・・・?」

「あんたには関係ねェ」

小さく呟いて、ゾロはそっぽ向いた。

だが暫し、逡巡したのだろう。
ぽつりと一言「ビビは助けてやるってよ」と思い出したように言う。

「助ける・・・?どうやって・・・」

「知らん。阿呆どもだ。」

怒りとも思える声音が、やけに寂しく聞こえた。
未だ疑問拭えず首を傾げていればナミは困ったような顔で「拗ねちゃって」と小さく声にした。

「誰が拗ねてんだ!」
「拗ねてるじゃない。どうせ、一族が戻ってこないから怒ってるんでしょう?あんたって見た目によらず寂しがり屋なのね。さすがビビの兄ってだけあるわ。そうねぇ。残念よね。せっかく血を流して戦ったのに、誰も戻って来ないんじゃねぇ?」
「おい、ナミ・・・そこまで言わなくても・・・」
「あら。何を遠慮することがあるって言うのよ。バッカみたい。そうやって一人で拗ねてればいいのよ。」

黒狼ぎらりと眼を光らせて女に噛みつかんばかりの勢いでがばっと体を起こしたが、ナミは一切動じる様子も見せず、かえって傍で見ているコーザが申し訳なさそうな面持ちを浮かべてしまった。
「いい加減にしろ、ナミ。悪ィな。こいつは昔っから口が悪ィんだ。」
「何よ、兄貴ぶっちゃって」
「兄貴みてェなもんだろうが。お前みてェな跳ねっかえりに男ができたんだ。兄としちゃあこれを逃すわけにゃいかねェって思うもんだぜ」

「・・・・・・あんた、変わったわ。コーザ」




狼は、彼らの足元に居て、目を閉じて彼らの会話に耳を動かした後に、くぁと一つ大きな欠伸をした。




********




「絶対トト師匠が驚くわ」

「あァ、そりゃ・・・だが、お前のやることだしなぁ・・・呆れて何も言わねェだろ」


ちらりとナミの傍らに立った碧髪の男を見やって苦笑を浮かべれば、ナミは僅かに頬染めて「あんたの話よ!」と声を荒げた。


傷を養生して一月も経った頃、陽射しは日増しに強くなり山中青い葉が生い茂っては時折蒸し暑さすらも感じるようになった。
あの晩、白い光はビビを包んで儚く消えた。
それをじっと見ていた黒い狼の表情ばかりは窺い知ることができなかったのだが、その瞳は深く澄み切って、彼は別れを告げていたのかとも思う。

ゾロの話によれば、仲間たちの魂はビビの体を癒し、彼女はずっと早く目覚める可能性が高いのだと言う。


「早くなったって言ったって、いつになるかわかんないのよ?目覚めたときにあんたがおじいちゃんになってたらどうすんのよ」

「そりゃその時考えるさ。それより、親父にちゃんと伝えといてくれよ」

「言うわよ。あんたが惚れた女から離れたくなくなったから、帰ってこないって」

「おい・・・早速間違ってるじゃねェか。ビビの目が覚めるまでここにいるってェだけで・・・」

「別に何か危険があるわけでもないし・・・一度帰って、またここに来たらいいじゃないの。化け物退治したって言わなきゃ暫くはこの山に誰も来ないわよ」

「もう決めちまったからなァ」


ふっと笑ったコーザにナミは「石頭ね」と言うと、彼は尚、笑みを広げた。



「あぁ、どうせ俺ァ頑固な石頭さ」


その声あまりに軽く溢れる笑みは青空の下、輝いて見えた。




「ホントに変わったわ」


そんな言葉を残して、ナミは山を下りていった。
さて、と一息ついて大きく腕を伸ばす。


家の中へと戻れば、静かな山の中、遠くに鳥の囀りだけが響き、後は少女の規則正しい寝息ばかり。

覗き込めば頬は血色を取り戻し桃色に染まっている。


ビビが瞳を開いたら、何を言うか。


「あの続きが何だって聞いたな」

「教えてやるから、今度は逃げるなよ」

「その前に言わなきゃならねェこともあるか」

「・・・お前に通じるか・・・いや、通じなきゃ意味がねぇ」



う〜んと頭を捻って考えてはその言葉を一つ、二つと口にして、あぁ違うと頭を掻き毟る。

窓の外からは木漏れ日。

色恋事に慣れぬ男をくすくす笑っているような、そんな小鳥の歌。



未だすやすや眠る少女は夢でも見ているのか微かな笑みを湛えていた。




********




人間の姿をしているとは言え、物の怪の気配漂わせた男をナミが連れて帰った時、コーザの養父トトはそれはもう腰を抜かすほどにたまげて、事の成り行きを聞いて更に言葉を失った。

ようやく彼は汗を拭うて、たどたどしくも言った。



そんな気がした。
そんな気がした。

あぁ、此度は何かいつもと違うと、そんな気がしたんだよ。


だからつい、あの子に護符を持たせてしまうなどと親心が出てしまった。


思えばあの子がここに来た時はそれは荒んだ心を持った子だった。


私は子を育てるなど初めてで、門下生の一人として扱ってしまったが、わかるだろう。
ナミ、お前なら。
お前は知っていただろう。


私にとって何よりも大切な子供だったんだよ。



ナミは言う。




「コーザは幸せだわ。ずっと。そして今も。」




トトは背を曲げて項垂れて数刻。
やわらかく、そうか、と呟いた。







===Fin===

●さんくすのお言葉●
遅くなり申したッ!!
そしてそして・・・
ルビビスト青さまからのリク作品だとゆーに、
おいらのワガママでコザビビ作品に。
快く了承してくださってどうもありがとうですv(そして愛してます←告白)
ど、どうでつか?コザビビ+うっすらゾロナミは?(ドキドキ。
合間合間、ゲームに流れたおいらを優しい目で見守ってくださってありがとう^^
これからもよろしくぅ☆
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