Que sera sera!



11




「・・・遅いわね」
「遅くなるって言ってたじゃねぇか・・・」
「でも、いくら何でももう12時よ?」
「先に寝てろって言ってたじゃ・・」
「・・・ルフィ!起きなさいッ!」

「いででででっ!!」

白い髭を引っ張られて、黒猫の瞳がパチッと開いた。

「ナミィ・・・何すんだよ〜髭が抜けたらどうすんだ!?」
「あんたが勝手に寝るからでしょっ!?
 あんた、夜行性じゃなかったの?何で夜なのに、寝てるのよっ!」
「眠いもんは眠いよー。もう雨だって降ってるじゃねぇか。
 雨降ったら眠くなるんだ。こう、髭が・・・重く・・ぐぅ。」

───ピンッ

「イッダァァァァ!!!」

「寝るなって言ってるでしょ?
 ね、ルフィ。あんたの魔力でちょっと外の様子伺ってみて」

締め切られた雨戸は硝子窓の向こうで、電気をつけてもしんと静まり返った家の中を、時間の経過と共に打ち付ける強い雨風に晒されて、不気味な音を響かせている。この小さな黒猫の体温ではあまりにも頼りなく、雨によって冷やされた空気にナミはぞくりと寒気が走るのを感じていた。
せめてもの慰みにと何とか話し声でこの部屋を暖めようとしても、ルフィは湿気に覆われてどうにも眠気を吹き飛ばすことができないらしい。

「水晶玉?ナミ、そんなに魔力がねぇのか?」

(あんたを起こすためよっ!)

だが、そう言ってはルフィは面倒くさがってまた瞳を閉じるに違いない、とナミは微笑みを作った。

「・・・そうじゃないけど、まだ回復しきってないんだもの。
 ね、ルフィ、お願い!あんただけが頼りなのよ!」
「おぅっ!任せろ!」

単純な黒猫は、途端にぴょんっと飛び起きて、ナミの手にある水晶球にその肉球を向かい合わせるかのように手を翳した。

白く濁っていた珠の中にぼんやりと暗闇が浮かび上がる。
次第に輪郭を帯びていくその景色は、目を凝らせばようやく雨や風の中、数人の男たちがロープを張っているのだと気付く。

「駄目だ、ナミ。視界が悪い」
「ん〜待って・・・あ、ほら・・・ゾロがいたわ!」

暗闇に浮ぶその影は、体を打ちつける雨すらにも気付いていないかのように、鋭く眼光を光らせて、周囲の者と何事か話しては、またロープを手に走り回っている。

「・・・まだ、終わりそうにないわね・・・」
「・・・んん・・・俺、もう疲れた〜!」

ふっと水晶玉が元の白く濁った珠に戻る。

「やだ、ルフィ。どうしたの?あんた、魔力弱くなったんじゃない?」
「そうか〜?ああ、最近生肉食ってねぇからなー。魚が美味くってさ」
「・・・本当に、猫になっちゃったんじゃない?
 いいわ、あんたを回復させられるだけの魔力ならあるから。
 ほら、元の姿に戻りなさい。そっちの方が、楽でしょ?」

「・・・ン・・・」

瞬間、小さな黒猫が大きな黒豹に姿を変え、前脚に顎を乗せてもう瞳を閉じていた。
ゆらりと大きな尻尾を揺らして、床をこがさないように背に乗せる。

(そうよね・・・元は、地獄の魔獣だもの。人間界にずっといるだけだったら栄養が足りないんだわ)

彼の生気を養うためにも、キングダムに居た頃は、マジックキングダムよりも地獄にほど近い魔界へと行ったものなのだが。


ごめんね、と呟いてナミはそっとルフィの肩に手を乗せた。

白い手から発せられた優しく淡い光が黒の猛獣を包んでいく。

ナミの魔力を生気に変えてルフィに送っているのだ。
魔力こそそこまで必要な魔法でもないが、何せ自分の体力があっという間に減る。
次第に襲う眩暈と戦って、ようやくナミがその手を離した時、ルフィはすやすやと気持ち良さそうな寝息を立てていた。

幾分、黒の毛並みも艶やかになって、尻尾の炎の激しさが増している。

(これで、帰るまで持つと思うけど・・・)

ゆっくり背中を撫でてあげると、ルフィはそのいかつい顔に似合わずに大きな耳をピクピクさせて、眠りの中、喜びを表現した。
大切な友のそんな姿を見て、安心すると同時に、今度は眠気がナミを襲う。
まるで、2日間寝ずにいたかのような疲労感だ。
目を擦って、欠伸をして、ルフィの大きな体躯にもたれかかれば、その柔らかな毛がナミの肌に柔らかく触れた。

(・・・私も、もう寝ようかな・・・)

瞼を半分閉じれば、黒豹の優しい暖かさも手伝って、ゾロを待っていようという気持ちも薄れてくる。
それでも、先ほど見た真剣なゾロの顔を思い出して、もう一度、最後にゾロを視てから、眠りにつこうと思い立った。
体をルフィに預けたまま、足下にあった水晶に手を伸ばす。

僅かな魔力を振り絞って、水晶の中に彼の姿を求めた。

白濁色の中に、ふっと彼の顔が浮かび上がる。

(ゾロ、まだ頑張ってるわね。)
こういう時こそ、魔法を頼んでくればいいのに。

とは言え、今の自分にその注文を受諾できるだけの魔力は残ってはいないのだが。

それでも、あまりにも自分を頼ってくれない『雇用主』に、ナミは歯痒さを感じてしまう。

彼の役に立ちたいのに。
何故か彼の前では魔法は失敗してばかりで、未だにいいところを見せたことがない。
(私だって、やればできるのに・・・)

思い瞼をパチパチと数度、瞬きさせてからナミはじっと彼の顔を見つめていた。



(・・・───そうだ!)

彼に、自分を見直させる良い機会。

それは、まさに今ではないか。

非日常の今この時。


ナミは途端にガバッと起きて、先ほどよりもずっと強い魔力を水晶の珠に送り込む。
すると、次第に彼の声が微かに聞こえてきた。

『・・・さんの・・・と、・・ロロノ・・で・・・か?』
『・・・や、俺の・・・は、さっきもう・・・から、あ・・・家の前の・・たけを・・・』
『それは、一人・・か?』
『あ・・・大丈夫・・・』


(・・・ふんふん、なるほど。)

よく聞き取れなかったけど。
最後の方は何となく理解できたわ。

家の前の畑を一人で大丈夫って会話・・・よね?



ナミは顎にその冷たくなった指を当てて、しばらく考え込んでから、ルフィを起こさないようにと足音を忍ばせて、玄関を開けた。

途端に、暴風がナミの体に正面から当たって、彼女は一瞬倒れそうになった細い体を扉にしがみついていた手で必死に支えていた。

映像で見る限りでは、雨が激しく思えたのに、実際に降っている雨はそこまで酷いというものでもないらしい。
むしろ、その強風にともすれば自分が飛ばされてしまうのではないかという恐怖がふと心の中に芽生えてしまう。

(でも、やる時はやる女!それが私よ!!)

その逆境に、むしろナミを心を奮い立たせて、傘を手に外に出た。

だが、傘など役に立つ筈もない。

しばし逡巡してから、思い出したように二階へ駆け込んだ彼女が降りてきたとき、彼女は人間界に来た時に羽織っていた黒いフード付きのマントを身につけていた。これは、上級学校の制服なのだ。初級だと、マントは許されない・・・というか、感嘆な魔力を引き出すための授業なので、必要ない。中級になれば、色々な道具をその裏に隠すためにマントは許されるが、やはりフードはついていない。
何故上級学校の制服がフード付きのこのデザインかと言えば、それだけ精神を集中する魔法を教わるからだ。
顔をすっぽりと覆う黒い布は、外界の音や、余計な視界を遮る役割を果たしている。
ナミはそんな意味のあるマントを雨合羽として使うことを思い立ったのだ。

ぽすん、とフードを被って、外に出る。

ゾロが大切にしている苗床のビニールハウスも、今にも風に飛ばされそうにバタバタと音を立てている。
その横には農作業に必要な土や道具の置かれた倉庫。これも、トタンが打ち付けてあるばかりで、何だか寂しい。

(じゃあ、あそこから・・・畑全部ね)

魔女は畑の真ん中に立って、暗闇の中をきょろきょろっと辺りを見渡してから、おおよその範囲を目標に定めて、両腕を天に向かって広げた。


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