Que sera sera!



19




あれは夢だったのだろう。

次第にゾロはそう自分にそう言い聞かせることに慣れていった。


その証拠に、誰も彼女を知る者はいない。

彼女の物など勿論ないし、自分はいつものように土をいじって、旅行から戻った両親と共に野菜の出来を見る。
今年の野菜の出来は良かった、米はどこも豊作で安くなるとか、そんな話をして一日は過ぎていく。

気付けば農家の忙しい季節は終わり、雪が山野を一面の銀世界に染めていた。

白の世界に、彼女の面影を探しては雪を見ればどれだけ喜ぶだろう、とかルフィは猫の癖にはしゃいでその辺を駆け回るんじゃないかと思っては、そんなことを考えている自分に首を振った。

あれは夢だったのだ。

そう思い込もうとした。

だが、忘れられる筈もないのだ。
いくら彼がもう彼女に会う手段は残されていないのだと、自分に言い聞かせたところで頭から彼女の姿が消え去ることはない。
それどころか、次第にその存在は彼の中で大きくなっていって、両親は時折空を見上げてはぼうっとするようになった息子の姿に首を捻った。
ゾロは、何度も夢の中で彼女を抱いた。戸惑うように自分を見上げ、躊躇うようにその手を自分の胸に置き、瞳を揺らして喘ぐ彼女の姿が忘れられない。夢の中に出て来る彼女はいつものように笑って、腰に手を当てて指を一本立てて「魔法を使ってあげましょうか?」なんて高飛車な事を言う。あの散歩の日、楽しげにゾロの前を歩き、神社で「ゾロも」と言って彼を誘い、そのまま子供のように遊んでは大声で笑い、かと思えば、珍しい花だと言ってはその辺に咲いている花に顔を寄せてじっと見る。勝手に名前を付けて笑った後にまたすくっと立ち上がって、ルフィを追いかけたり、追いかけられたり、そんな彼女の姿が片時も頭から離れないのだ。

どうすれば、彼女に会えるのか。

ようやく雪解けが始まった頃、ゾロは彼女にもう一度会う、何が何でも彼女を見つけ出して、そして今度こそ彼女を離さないのだと決意した。半年経って尚、自分の胸に存在する女を、夢という言葉で片付けることの虚しさ。そんな思いをこれから引き摺って生きていくことなどできない。

忙しい季節を前に、毎晩たった一つ残された『魔女』というキーワードを手掛かりに、彼女の存在をあらゆる文献の中に探し求めた。およそどの文献も、『魔女』をこの目で見たゾロにとってはバカげた内容で、『魔女』という概念に囚われてそれを神聖化していたり、それは必ず魔性のものであるとしている。そして最後にはこの科学文明に充ちた世界の文献は魔女、というものは偶像に過ぎないという結論に導かれて終わる。そんなことがあってなるものか。実際にこの目で魔女を見たのだ。魔女は必ずいる。学者然としてふんぞり返った奴らに何がわかると言うのだろう。

それは確かに存在して、自分はその腕にそれを抱いたではないか。

自分の中に記憶を残したではないか。

それとも、やはり夢だったのか・・・───?





逡巡しては、彼は本を放り投げ、だが数日もするとまた机に向かう。

そんな日々が続いて、いつしか季節は彼女と会った夏になろうとしていた。





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今年も、くいなとサンジは近くに旅行に来たと言って、その帰り道、我が家に寄っていった。

帰り際にサンジは「あのレディーとは別れたのか?」と揶揄したように言う。
オレンジ色の毛並みの猫を思い出したのだろう。
ゾロは昨日のように覚えている彼女の姿を思い浮かべた。

頭を撫でれば気持ち良さそうに尻尾を揺らして、彼に体を預けていたその姿。
あの時、確かに彼女は自分の膝の上で猫の姿で、嬉しそうに尻尾を揺らした。
それが全てだ。

ゾロにとっては、それで十分なのだ。

彼は旧友に向かって言った。

「いいや、諦めるつもりはねぇな」





季節は巡って、もう一年を過ぎた。



去って行く車を眺めて、それでも、とゾロは呟いた。

それでも、諦めてなるものか。

自分に何も言わないままに、去っていった女を諦めてなるものか。

女が何故突然姿を消したのか、聞くまで。
いいや、それを聞いたのだとしても。

もう彼女が消えることは許さない。


今日もまた、彼女の手掛かりを求めようと、ゾロは大きく息を吐いて、「うし、やるか」と呟いてもう見えなくなる陽炎の中の車を遠くのぞむために額の上で手を翳し、その影が消えたことを確認して、家の中へと戻って行った。

親は田んぼへと出かけている。
二人の客人がいなくなった家は、しんと静まり返っていた。

卓袱台の上に、彼らと先ほど食べた昼食が、少し食べ残されて置いてあった。
くいなが片付けると言ったのだが、どうにも食欲が起きないゾロが残したのだ。
その皿を前に、しばし迷って、けれども残すことは性に合わない、とゾロが箸を持ったその時、風鈴が微かに揺れた。




「・・・・・?」


す、と視界の端に何かが横切った。



縁側へと目をやれば、縁側にぴょんっと飛び乗ったのは黒い、猫。


その背に太陽の光を浴びて、ともすればその黒い毛は紫に輝いて、丸い瞳をくるくると光らせて、黒猫は首を傾げた。

───にゃあ




「・・・ルフィか?」


おそるおそる、ゾロが聞けば、猫はまた一つ「にゃあ」と鳴いた。








「ルフィはおなか空いてるのよ、一口ぐらいあげればいいじゃない」







忘れもしないその声は、まるで一年も離れていたようにも思えないほどの明るい口調でそう言った。
ゆっくりと顔を上げれば、この炎天下に黒装束を身に纏った女が一人。

「こりゃ、お前の猫か?」
「猫じゃないわ。ルフィは、こう見えても結構頼りになる魔獣なのよ?
 それから、『お前』じゃなくって、『ナミ』よ。」

ぱさっとフードが下ろされて、その中に隠された眩いばかりの笑顔にゾロは一瞬、白昼夢かとばかりに目を擦ってしまった。

オレンジの髪が太陽の光を浴びて、艶やかに風に舞った。
少女の体を隠すその黒いドレスが、一層にその輝きを引き立たせている。

まるで一枚の絵のような美しさ。


そうだ。一年前と全く同じように、ゾロは彼女の姿に見惚れてしまったのだ。



「あなたがロロノア・ゾロね?これから、よろしくね」

向日葵のように女は笑った。



「ナミ」

ゾロの口から出た言葉は、言いたいことなども忘れて、ただ女の名前一つ。

「ナミ」

「・・・ナミ」


一歩、進むたびに、ゾロはその名を呼んだ。

この一年、数え切れぬほど呼びつづけたその名を。

そこにいるのか、と確認するがために。


気付けば、ゾロは裸足のまま縁側を飛び降りて、彼女の体を震える腕で強く抱きしめていた。



馬鹿野郎、と呟いて、彼女の髪に顔を埋めれば、オレンジ色の髪からは夏の匂いが微かに漂う。
風に揺られた髪にくすぐられて、ゾロはまた、腕に力をこめた。
すっと女の細い腕が背中に回されて、彼女は言った。

「将来を棒に振っちゃったわ」

ようやく体を離せば、ナミは困ったように笑っている。

「・・・お前、何でいきなりいなくなった?」

それは、この一年ゾロの胸にあった疑問。
一言、言えば彼女を引き止めることができたのに。
何が何でも彼女を離さない自信があったのに。
それすらも許されなかった。
何故、突然自分の前から消えたのか。
そのことがゾロを苦しめたのだ。


あら、と彼女はさも存外なように口を尖らせる。


「これでも、大変だったのよ?
 人間と恋に落ちることはタブーなんだから!
 もしも、それがバレたら、あんたの記憶がなくなっちゃうのよ?
 こんな可愛いナミちゃんの記憶を忘れさせるなんて、勿体無いわ。
 だから、帰って就職してきたんじゃない」

「・・・就職だぁ?」

「そうよ。新聞記者になったんだから!」

えっへん、とナミを胸を張って、どこから取り出したのか一枚の名刺をゾロに渡した。

『キングダム通信
 社会報道部 人間界担当
  上級魔女 ナミ    』


「これは、人間向けの名刺なの。
 人間の中にも、魔女のことを知ってる人はいるから。
 これで、堂々と人間界にいれるってワケ!」


そう言って、ナミは途端にちらっとゾロを上目遣いで見て、少しだけ控え目に声になって続けた。


「・・・私、魔女であることを捨てるなんて、できないわ」

「お母さんのことを捨てることも、できない・・・」

「でも、人間になりたいって夢も捨てられないし
 ハーフだから、大した仕事ができないって思われるのも嫌・・・
 今は、人間界なんて僻地に飛ばされてってバカにされてても
 きっといつかそんな奴らを見返してやりたいの。
 キングダムと、人間界がもっと交流できるように、
 人間界の良さを記事にするの。
 そのためには魔法だって使わなきゃいけないわ」

「もし、ゾロがやっぱり魔法を使う私が嫌って言うなら・・・」




はぁ、とゾロが名刺を持ったまま呆れたように溜息をついた。

「・・・ったく。ワガママな・・・」

じろりと彼女の瞳を見て、ゾロが片眉を上げる。

「あれもこれもできない、あれはしたい、こうしたいってな。
 何でもかんでもできると思ってんのか?」

「・・・そ、そりゃ・・・まぁちょっとだけワガママかなと思うわよ? 
 でも、全部大切だもの。自分が魔女であることに誇りもあるの。
 人間であることにも、誇りを持ってるのよ。
 だから・・・」

「じゃあ・・・」と、ゾロは言ってその細い腰を抱き寄せた。

「俺が嫌って言ったら、こっちにはいるけど、俺の前からいなくなる覚悟があるって言うのか」

不意に優しい声がナミの頭上から降ってくる。
彼女は躊躇うように、彼の胸に頭を預けてコクンと頷いた。

「バカ」

「・・・バカって、何よ」

「何でてめぇがこっちにいんのに、わざわざ俺の前から逃がすようなこと俺が言えると思う。てめェは俺のことそういう男だと思ってんのか?悪ぃがな、俺ァ諦めの悪さは誰にも負けねぇ自信がある。お前が俺を嫌だって言っても、もう離すかよ」

「せっかく、ここにいんのに」

「お前が、戻ってきてんのに」

そうだ。手を伸ばせば届く、同じ世界にいるのに。
何でこの上この女はまた逃げ道を作ろうとしているのか。
好きならそれでいいじゃないか。
そんな肩書などなくても。
背負うものなど全て取り払って、俺の前にいればいいだけじゃねぇか。

だが、わかっている。
それが『彼女』だということ。

いつだって、頑張っているその姿に惹かれたのだから。

逆境に決して屈せずに、笑顔を見せる。そんな笑顔に惚れたのだから。

何があろうと、なかろうと、もう離すつもりはない。

彼女さえここにいれば、ここにいるという確証さえあれば、それでいいのだ。

余計な事はどうでもいい。

なるようになる。

自分の気持ちと、彼女の気持ちが重なっているのなら。

何とでもなる。

誰が何をしても、引き裂かれてたまるものか。
今度こそ、しっかり捕まえて離さない。
何にも、彼女との関係を引き裂かせない。

だから、ナミはバカなのだ。

しがらみなどに囚われなくてもいい。
今、目の前にいる自分を信じればいい。


人生はなるようになっていくのだから。


気付けば、自分が彼女に惹かれていたように。


「バカ」と、もう一度呟きを彼女に聞かせて、腰にあった彼の腕がその背をなぞるように上げられて、ナミの頬を優しく包んだ。
ナミの瞳に映った彼は、にっと口の片端を上げた。


「もう、どこにも行くなよ」




優しい口付けに、ナミが瞳を閉じた時。







黒猫は陽炎の中で、ゆらりと尻尾を揺らした。















〜Fin〜


懺悔コーナー

1 こんなに長くなるとは・・・ああ、許してください
2 ゾロ、農作業してばっかじゃん!・・・ああ、許してください
3 ルフィがルフィじゃなくなってるじゃん!・・・ああ、許してください

さ、過ぎたことは忘れましょう。(え?いいの?)
ファンタジーって難しいですな。次回は、おそらく短編現代パラレル。アホっぽいのを書くつもりです。
さぁ!座布団を投げる用意をしておいてくださいねっ!
腐った卵星は、お母さんが勿体無いって怒るからやめましょうねっ!

では。

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