Que sera sera!



5




珍しくナミが起きればゾロがまだ家にいた。

・・・かと思えば、突然ナミにそんなことを言って、彼女は一瞬目を丸くしてしまった。

「何よ?・・・あ、彼女が来るとか?
 へぇ。あんたみたいな男にも、彼女なんてのがいたのね」
「女じゃねぇ!・・・あ、いや。女もいるが、男も来る。
 大学の頃につるんでた奴らが、昨日近くまで遊びに来やがってな。
 東京に帰る前に、うちに寄ってくって言ってんだ。
 てめェがいたら・・・」
「東京!」

話を聞いていたナミの瞳がみるみる内に輝いていく。

「私もこの前行ってきたばかりなのよ。
 色んなところにデパートがあって・・・服選ぶのが大変だっスんだから。
 路上で歌なんか歌ってる人もいて、あの人ごみにはまいっちゃったけど、
 でも、それも醍醐味よね。大都会って感じ。
 それにね、色んな男の人が声かけてくるの。
 東京には女の人より男の人の方が多いのかしら?
 変なところだけど、楽しかったわ」

「・・・待て。」

いつもの事ながら、突拍子もない話をされるかもしれない、と、ゾロは片手でナミを黙らせた後に一つ大きな深呼吸をして、自分の気を落ち着けてから彼女に訊いた。

「いつ、てめェが東京に行ったんだ?」

「いつって・・・ほら、ゾロが私の部屋を初めて見た日よ。えっと・・・3日前ね。
 私、言わなかった?」

「聞いてねぇな」

「水晶玉で探してみたら、この辺に私の好みの服置いてあるところがなかったから
 ちょっとルフィに頼んで、思い切ってこの国の首都に行ってみたのよ。
 時間がなかったから、シンジュクってとこにしか行けなかったけど」

「・・・で、男にナンパされて喜んで帰ってきたって事か?」

「なんぱ・・・??」
ナミが首を捻る。
「だから、男に声掛けられて、喜んで帰ってきたんだろうが」

「あぁ、変な奴らだったわ。ルフィの事いくら弟じゃないって言っても信じないのよ。
 それで、私の腕を勝手に引っ張って、ランチに行こうとかうるさいの。
 ルフィを置いていけとか命令してきて。結局ルフィが怒ってボコボコにしたけど」

ゾロの頭に『にゃあ』と鳴いて、ちょこんと座る黒猫の姿が浮ぶ。

あの小さな猫が。
その小さな肉球を握った手で。

大の男をボコボコに・・・───?

いや、それよりこの女、世間知らずにもホドがある。
ナンパすらも知らないとは。
ああ、でもこの女がいたマジックキングダムとやらにはそういう男はいなかったのかも知れねぇな。

「・・・もう勝手に東京くんだりまで行くんじゃねぇ」

「どうして?結構楽しかったのに・・・」

「いいから。もう行くな」

「あぁ、迷子になるとでも思ってんのね?
 心配しないで。水晶玉があれば道には迷わないんだから」

「そうじゃねぇ・・・そういう変な男にまた声かけられたくねぇだろ?」

「大丈夫よ。言ったでしょ?ルフィがいるんだから・・・」

「そうじゃねぇ!」

苛立ったようなゾロの怒声に、ナミが一瞬ビクッと肩を竦めた。
よくよく様子を伺えば、ゾロはいつしか眉間に深い皺を作って、腕組みをしたまま睨むようにナミを見ている。

「な、何よ・・・何でそんなに怒ってるの?」
「いいから。もう行かないって約束しろ」

それを強請するゾロの瞳は、真剣そのものだった。

一瞬その瞳に心を奪われて、ナミが言葉を失ってしまったその時、二階からナミに遅れて目を覚ましたルフィが軽い足取りで降りてきた。

「あれ?どうしたんだ、お前らそんなとこで突っ立って・・・」
「ルフィ・・・」
「ナミ?何かあったのか?」
「・・・別に、何でもないわ」

台所へと向かったナミが朝食の準備を始める音が聞こえる。
ルフィはその小さな頭を捻って、ゾロを見た。

ゾロも不機嫌極まりなく、またそれを隠そうともしていない。

「ゾロ、何かあったのか?」
「・・・おいルフィ」

ポリポリと頭を掻いて、ゾロは溜息をついてからルフィの前にしゃがみこんだ。

「お前らの世界じゃ、ナンパってのはなかったのか?」
「う〜ん。俺らは、雌が発情した匂いで雄もつられて発情しちまうからなぁ・・・
 ナンパなんかしてたら、他の雄にいい女取られちまうからな。
 けど、発情する前にアピールすることはあるけど・・・」
「猫の話じゃねぇ!ほら、あの女の・・・マジックなんたらって世界の話だ」
「マジックキングダムか?」

うんうん、とばかりにゾロが大きく頷いて、ルフィを抱き上げて自分の眼前に持ってきて、逃がすかとばかりに立ち上がった。
鋭く光る三白眼がルフィの丸く大きな瞳とばっちり合う。

「あの女、警戒しねぇにもホドがあるだろ?
 てめぇら東京まで行って、ナンパされたって言うじゃねぇか」
「あぁ、ナミは知らねぇだろうなぁ。
 アイツ、魔法の勉強してばっかで、ろくに町を出歩かなかったし
 出歩く時は俺も普通の姿で一緒について回ってたから
 声掛けられる奴なんていねぇよ」
「お前が?」
「そうだ!人間界は魔獣なんていねぇだろ?だから、今は一番近い猫の姿になってんだ」

言うが早いか、ルフィはポンッと姿を変えた。

一瞬、ゾロは腰が抜けるほど驚いた。

自分がひょいと抱え上げた黒猫は、もうその姿の片鱗すらなく、大きな黒豹になっていたのだ。
いや、黒豹ならまだいい。

尻尾はその先に炎を纏い、瞳は恐ろしく深い紫の光を宿しているのだ。

「・・・てめェ、まさかその格好で東京に・・・」

これなら、先ほど男をボコボコにした、と言ったナミの言葉も頷ける。
何せルフィのその犬歯はゾロの親指よりも大きいし、抱き上げたまま姿を変えたためにゾロの肩にいつしか置かれていた腕は大木のように太く、後足で立ち上がったその身長は178cmのゾロよりも頭一つ抜き出ているのだ。
尻尾も含めれば、およそ2mを軽く越えるだろう猛獣が、今、ゾロの目の前で熱のような吐息を吐いていた。

これがルフィだとわかっているゾロでも、恐怖に脂汗が浮んでしまう。

「んん!東京まではこの姿で飛んでったけど、向こうに着いたらナミが人間にしてくれたんだ」

そう言ってルフィはグルルルと喉を鳴らした。
底から響くその低い音に、ゾロの脂汗はまた一層じわりと滲んでいく。

「・・・わかった。いいから、早く猫に戻れ」
「おう!」

その姿からは想像もできないほど従順にゾロの言葉を聞いて、ルフィはポンッとまた猫の姿に戻った。
と、共に空中から落ちていくルフィをゾロは慌ててキャッチする。

「けど、お前みてぇのはあっちの国にもいっぱいいるんじゃねぇのか?」

「猫ならいるけど、俺は地獄出身だからなー。
 あんまいねぇよ。俺、ナミに魔界で拾ってもらったんだ。
 魔界だと結構俺みてぇな魔獣は珍しくねぇからな。
 ナミはマジックキングダムじゃあんまり友達いねぇから、
 よく魔界に遊びに行くんだ。悪魔で仲が良い奴がいてさ。」

そんな事を言いながら、ルフィはゾロに抱かれてしっぽをゆっくりと揺らす。

「・・・地獄だか、魔界だか知らねぇが・・・
 もう、東京にはアイツを連れてくんじゃねぇぞ。わかったな」
「何でだ?ナミ、買い物できて喜んでたぞ?」
「また変な男に声かけられるかも知れねぇだろうが。
 いくらてめェだって、さっきみてぇな姿ならともかく、
 人間の姿だと守りきれねぇだろ?」
「・・・あぁ!ゾロ、ヤキモチか!」

黒猫は耳と髭をピンッと立てた。
笑っているように見えるその猫は、尻尾をゆらりゆらりと揺らし続けている。

「・・・・・・あァ!?」

「ランクSSだもんな。頑張れよ、ゾロ」

ぴょんっとゾロの手から飛び降りて、ルフィは一つ伸びをすると、次第に良い匂いを漂わせてきた台所へと駆けていった。

「お、おい!ヤキモチとかじゃねぇからなっ!!」

慌ててそう叫んでみたものの、ルフィは呑気に「にゃあ」と鳴いている。
きっと、食事の支度をするナミの足にいつものように頭を擦り付けてゴロゴロと喉を鳴らしているのだろう。

(それにしても・・・どういう意味だ?)

『ランクSSだもんな』
ルフィの言った言葉に、ゾロは顎に手を当ててじっと考え込んでいた。



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