4444HIT踏んでくださったしろしろ様に捧げます。
「おい、ナミ。明日の・・・」

襖を開いてゾロはまたしても石になってしまった自分を知った。


冬。

そうだ。

今は冬だ。










「ナミッ!!あんだけ魔法使うなって・・・───」



今日も今日とて彼の苦悩は尽きない。




Que sera sera!−saison deux−



1




「魔法なんて使ってないじゃない。」

ぷぅと膨らませた頬が、赤味を帯びている。

よくよく見れば、ナミの足下には暖房器具が3つ。
石油ストーブ、オイルヒーター、電気ストーブ。
それらが家中の空気を冷やされても文句の言えないこの年の瀬という時節に逆らうようにナミの部屋を暖めているのだ。
いや、暖めているのではない。

この小さな一室だけを真夏にして、ナミと言えばキャミソールに短パン。
ついでにジュースなんぞを啜りながら、ベッドの上で呑気に雑誌を読んでいるのだ。

てっきり彼女が魔法を使ったのだと思い込んだゾロは、確かに自分の言いつけを守っている女にどう反論すべきか頭を悩ませた後で、苦い顔のまま暖房器具のコンセントを引っこ抜いた。

「てめェが来てからどんだけ光熱費が・・・」
「ちゃんとお金払ってるじゃない。どうせ私は『居候』ですから」

フンッと鼻を鳴らしてナミがベッドの上で胡座をかいた。

「別に私のこと隠さなくてもいいのに。どうせこれからずっとここにいるんだから。ゾロが言ったんじゃない。」
「いくら何でもオヤジとオフクロに言えるか」

ナミは魔女だ。
魔女なのは仕方がない。
だから自分とナミは出会うことが出来たのだし、彼女の言葉の通り、自分はそれと知っていてナミにここにいろと言った。
一年の時を経て戻ってきたナミを、両親にどう紹介するか迷ったものだが、いざ彼女を紹介してみれば呑気な両親はゾロのように農業に興味のある若者だと思い込んで、深い事情も聞かずに住み込みで働くことを許した。
と言ってもナミが農作業において役立たずということはすぐに彼らの知るところとなってしまったのだが。
けれどもゾロとナミの仲を気付いてはいるのだろう。
「いい嫁さんになるまでに仕込んでやらないと」といやに張り切っているものだから、ゾロとしてもたまったものではない。

顔を見る度に「そろそろ結婚を決めたらどうだ」と父親に言われ、「あんないい子逃したらもったいない」と母親に言われ、自分にしてみたってそりゃ相手が普通の女だったらすぐにでもそうしたいところだが、何せ魔女なんて変な肩書を持っている女は、『結婚』の概念が乏しいし、戸籍だってない。
以前、テレビを見ている時に結婚の特集をしていて、ナミはウェディングドレスに目を輝かせたからその事を仄めかしたら、いつになく渋い顔になって、「どうやってするの?」と聞き返してきた。

ナミの出身地、どこぞにあるというマジックキングダムでは人間と魔女の結婚は許されない。

その壁を取り除こうとナミは人間界で見た人間に対するエッセイを定期的にマジックキングダムに送って、魔女が持っている人間への偏見を取り払おうとしている。だが、そもそもナミは大学の卒業単位が取れずに中退して弱小新聞社に就職した。その発行部数の伸びない新聞の片隅の欄に記事を載せているのだが、思ったよりも反響が乏しいと弱気になったナミが漏らすものだから、そうは焦らなくてもいいだろうと慰めてみればナミはどうも言葉を取り違えたようで「ゾロにはわかんないわよ」と不貞腐れてしまった。

それ以来、ナミはどうも自分の言いつけを守りたがらない。
わざと自分の気を逆立たせているのではないかと思うぐらいだ。

両親にはナミが魔女だということを言っていないし、幼馴染のウソップにも教えていない。
自分にしたってナミが魔法を使うと、自分とナミの間に隔たりがあるように思えてどうも気に食わない。
だからナミには魔法を使うな、と言ってある。
だと言うのに、この前は雪が降ったからと車の周りに積もった雪を取り除かなければとやっていたら、両親の向こうで魔法の本片手に雪だるまを作って、しかもそれを動かした。
白い物体がルフィを追いかけ出して、いつもは普通の猫のフリをしているルフィもさすがに慌てて人の言葉で「ナミやめろ!」なんて叫ぶのだ。オフクロが誰の声かと振り向こうとしたものだから、慌てて「幻聴だ」と取り成して、両親を家の中へと押しやった。その後の雪かきを全て自分一人でやったのは言うまでもない。
ナミに責任があるのだから、お前がやれと言ってやるつもりだったのに、当のナミは雪だるまを取押さえることにてんてこ舞いで話し掛ける隙すらもない。

その次にウソップが我が家に来てナミと自分のことを冷やかした時にも、ゾロは両親に説明した通りのことを言って難なくその場を切り抜ける筈だったのに、ナミと来たらそのウソップに出すお茶をまたも本を片手に魔法で宙に浮かせたまま持ってきた。
脂汗が浮んだ次の瞬間には用事が出来たと言ってウソップをそのまま縁側から追い出し、襖を閉めた。
だが、雪見窓のついたその襖は、下半分がガラス戸になっていたことがまずかった。
ナミにやめろ、と言えば、彼女の集中力が途切れたらしく、ふわふわ浮いていた湯呑みはいきなり動きを止めて重力と共に落下を始めた。彼女の肩に当たる、と思ってそれを掴もうとしたゾロは、空いた片手で彼女の肩を抱き寄せていた。
自分達の足を縁側からウソップが見ているとも知らずに。

彼から見ればゾロがナミに抱きついたようにも思えたのだろう。

次の日からは町中の顔見知りがゾロを見る度に「ウソップを追い出してまで女といちゃついていた」と冷やかしては笑った。

とにかく、困っているのだ。

いや、自分からナミにここに居ろと言ったのだから、冷やかしとかはどうだっていい。
言いたい奴は勝手に言えと思う。
だが、問題はナミだ。

ここに来てからしばらく、魔法なんぞゾロの知る限りではほとんど使わなかった。
使うとしたって、ルフィと二人(?)っきりの時だけだったし、ゾロがそれを毛嫌いしていることも承知で、困ったように笑いながら「あんたの役に立てることもあんのよ?」と口では言うものの、決してそれを使おうとはしなかった。

だと言うのに。
最近のナミはいつだって向こうの世界の本を片手に、機会さえあれば魔法を使う。
それが例え両親や友人の前でもだ。

明日からの旅先でももしやそれを披露するのではないかと不安になって、夜半、ナミの部屋まで来てみれば、そこは汗をかくほどの暑さ。ゾロがさては魔法を使ったかという考えに至ってしまったのも無理がない。

火事にだってなりそうなこの暑さに光熱費のことを持ち出して彼女を責めれば、今度はやけに拗ねた口振りで目を逸らす。

(一体何だってこんだけ機嫌が悪ィんだ・・・───)

大きな溜息をついて、ゾロはナミの隣に腰を下ろした。

マジックキングダムで買ったというそのベッドや家具は、両親のいない間に引っ越し屋が持ってきたことにしたのだからもう違う物にするなと言ってある。

何で出来ているのかは知らないが、やけにふわりとした感触に、軋みさえも響かせない。
こんな時にふと彼女はやはり自分の知らない世界を知っているのだと気付いて、その度にどうも意地悪な気分になってしまう。自然と荒げられた語気が含まれた言葉はまた彼女の機嫌を損ねた。

「いい加減にしろ。てめェが何考えてるか知らねェが、明日っからもそんなんじゃ困る」
「あら。愛しいナミちゃんが何考えてるかもわからないって言うの?ゾロってばひどい男ね。何で私こんな奴のために人間界にまで来ちゃったのかしら」

あぁ、私って可哀想と顔を覆って大仰にすすり泣く真似をする。

「だ、誰がいと・・・っ!」

一つ間を置いて、ゾロは咳払いしてから彼女の髪をくしゃっと撫でた。

「とにかく!機嫌直せ。明日はてめェも存分に魔法が使えるんだろうが」
「・・・知らない。魔法なんか使わないわよ」
「あァ?てめェ、今更何を・・・」
「ゾロが使うなって言ったから、使いません」

そう言ってナミは、ふわふわしたベッドの上、またころんとうつ伏せに寝て手にしていた雑誌に目を落とし始めた。

「おい、何だっててめェそんな・・・」
「私ここに行きたいわ。ゾロ、いいでしょ?」

グルメ特集とやらのページの中、見るからに美味そうな料理の写真を指差して、ナミはもう笑っている。

「そりゃ・・・時間がありゃ・・・それより、てめェ機嫌悪くねェのか?」
「何の話してるの?何で私が機嫌悪いのよ。」

そのページの端を耳折ってナミはふぁと小さく欠伸をした。

「もう出てって。私寝るわ。明日は早いんでしょ?魔力だって温存しときたいんだもん」

言うが早いか、ナミはもう布団にもぞもぞ体をもぐりこませて、パチン、と指を鳴らした。
灯されていた電気が消されて、部屋には開きっぱなしのドアから廊下の電気だけが入り込んでいる。

「魔法を使うなって」
「音センサーなの。魔法じゃないわ。こっちの世界の文明じゃない。」

早く出てってとばかりに布団の中から自分の体を押す。

漏れてくる光の中で、自分を見上げているナミがどうも可愛く思えて本当ならこの部屋に残って彼女を抱きたい。
だが、階下には両親がいる。
その事がどうも憚られて、実は彼女が戻って来てからは一度もその体を抱いていない。
一年も経って妙に気恥ずかしいというのもある。
何せ彼女を抱いたのは一度きりなのだ。
変な気遣いが自分の中にあって、しかもナミも自分からせまってくるわけではないから、この関係を気に入っているのかもしれないとも思えば、では彼女がその気になるまで待とうと思っていた。

思っていたら、4ヶ月の時があっという間に過ぎていたのだ。

自分の女だという証を彼女に刻み付けてやりたい。

目を閉じてしまった彼女とこのまま離れるのも嫌で、何とか話題を探して「ルフィは?」と彼女の愛猫でもあり、いまや両親にも可愛がられている猫の名を出せば、布団の中でナミは「シュシュのところに遊びに行ったわ」と小さく呟いた。
このあたりの野良犬のボスだ。
ルフィはその犬と仲が良い。時折彼のところで夜を明かす。
今夜も帰らないのだろう。

ゾロはそれ以上の会話も思いつかずに低い声で静かに「そうか」と諦めたように言って、部屋を出た。
静かに閉じられた襖の音が聞こえて、柔らかな布団の中、ナミはパチッと瞳を開けた。




(今日もダメか・・・───)

内心で呟いて溜息を漏らす。

本当は彼を待っている。
あの晩のように、自分を求めてくれることを待っている。

でも、ゾロはどうしてか自分を抱かない。

自分から迫るなんて、一度しか経験していないナミにしては恥ずかしいし、それに何より自分の魅力に負けてゾロが求めてくれるだろうことを期待したい気持ちも手伝って、ただひたすらに彼を待っているのだ。

そんな自分の気持ちも知らずに、あの男ときたらナミが彼との間の障害を一つでも取り除きたくて仕事を頑張ってるのに「何焦ってるんだ」と言うし、幼馴染の前では『彼女』とは紹介せずに「うちの居候だ」なんて言う。
意地悪の一つもしてやりたい気分になって魔法を使ったら、ここぞとばかりに声を張り上げて叱り飛ばしてくる。

それを逆手に取って、魔法を使ってるように見せかけて人間界の暖房器具を付けてやれば、案の定引っかかった次には光熱費がどうのこうのととにかく、自分を叱りたくてしょうがないとばかりの態度なのだ。

(どうして私が機嫌悪いかもわかんないなんて・・・)

「バカ」

小さな声を漏らして、ナミは暗い部屋の中で唇をつんっと尖らせた。

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