Que sera sera!−saison deux− 4 「こんなんじゃおなかいっぱいにならないわ。ゾロだってあのサンジとかいう人間に言ってくれてもいいのに・・・」 白いお皿の前でナミは溜息をついた。 「だから猫のまんまで居りゃいいって言ったのに」 桃色の舌で脚を舐めて、ルフィは顔をこしこしと擦りながらそれ見たことかと笑っている。 「ゾロだって言ってたじゃねェか。いつ帰れるかわかんねーから絶対人間になるなって」 「まだ出かけて一時間じゃない。帰ってくるわけないわよ」 サンジとゾロが夕方にもなって出かける頃に、何のかのと言いながらもサンジはナミとルフィのために食事を用意していった。 それもわざわざ一度買い物に出て食材を買ってきたほどで、昼にナミに食べさせようと作った魚を残されたのが悔しかったらしい。 ナミにとっては有難いことに、キャットフードなどに負けてたまるかとばかりに手の込んだ一皿を作ったのだ。 もちろん元々ナミは猫の姿をしてたって人間の言葉がわかるのだから、サンジがそこまでしてくれたのを見てさすがに今度ばかりは残すわけにもいかない。 冷ましてから床に置いたそれに駆け寄って、ルフィと顔を並べてはぐはぐと食べてはみたのだが、確かに味は美味しいのだけどせっかくの美味しい料理をこんな格好で食べるというのが屈辱で躊躇いながら食べていたら、気付いた時にはルフィが半分以上たいらげてしまっていたのだ。 サンジにおねだりしようとしても、猫二匹がすぐにご飯に飛びついたことに満足した男はゾロと連れ立って早々に家を後にしていた。 「つまんないわ」 はぁ、と一つ溜息をついて、ナミはソファの上にごろんと寝転がった。 「せっかく東京に来てるって言うのにどこにも行けないんだもん・・・」 口を尖らせて、コットンのカバーがついたクッションをぎゅっと押しつぶしてはナミはそれを手に余したかのようにまたポンッと放り投げた。それがルフィの体にぽすっと当たって落ちると、じゃあ、とルフィがようやく舌の動きを止めて丸い瞳をナミに向ける。 「遊びに行けばいいじゃねぇか!」 「・・・それこそゾロが怒るわよ」 「帰ってくるまでにここに戻ればいいんだろ?ナミだって行きてェとこあるって言ったじゃねぇか!」 「私たちだけで行ったってしょうがないのよ。」 ナミの言葉が黒猫の首を傾げさせる。 「ゾロと行きたかったのか?」 「ルフィ、ちょっと間違ってるわ。ゾロと行きたかったんじゃなくて、ゾロを連れていってあげようとしてたのよ」 「同じじゃねェか」 「違うわよ。」 ぷいっと顔を背けてナミは自分の鞄をごそごそ探って、透明な水晶玉を取り出した。 何もすることがないのだから、ゾロの姿でも遠視してみようと思い立ったのだ。 手を翳せば何もなかった水晶球の中心にもやもやとシミが浮き出て次第に輪郭を整えていく。 「なんかうるさそうな場所ねぇ・・・人間界ってこんなところで同窓会するのかしら。キングダムならみんな正装して・・・」 「おっ!ナミ、ゾロだ!!ゾロだぞっ!」 肉球を器用に折り曲げて、爪の出た指をぴんっと伸ばしたルフィが後ろ足だけで座ったままほらここだと指差した。 「当たり前じゃない。ゾロを探してるんだから、ゾロが映るに決まってるでしょ?」 「この前間違えてカエルを映してたじゃねぇか」 あの時は緑の物が映ったと喜んだ次の瞬間、ナミはあまりに驚いて水晶玉を落としそうになってルフィはその後小一時間笑うものだから、ナミだってどうも腹が立ってしまってルフィをカエルに変身させて、言葉まで喋れないように魔法をかけたのだが、反省してゲコゲコ鳴くルフィを元に戻そうとしたらその魔法がわからない。魔法の教科書を開いて懸命に戻し方を探している時にナミの部屋から変な声が聞こえるとゾロが顔を覗かせて、声の正体がカエルと見るや否や脚を掴んで窓から放り投げてしまったのだ。 それはルフィだと言おうとしたけど、そうするとまた魔法を使ったことで渋い顔をするか、元に戻せなかった自分を往なすかどちらかだ。 結局ゾロが部屋を出るまで待って、慌てて窓の外を覗いたらルフィは蛇に追いかけられていた。 「あんた、そういうこと言うとまたカエルにしちゃうわよ?いいの?」 K」」」」 ブンブンッと音が鳴るぐらいに首を振ったルフィは、何か違う話題を見つけようとしたのか、水晶玉に目を落として「あっ」と声を上げた。 「なぁナミ。こいつ、こいつ見たことあるよな!」 「話題逸らそうとしちゃって・・・」 呆れた声で言いながらナミは球体を覗き込んだ。 明るくなった映像にゾロと、その隣に黒髪の女性が座っている。 「なっ!見たことあるだろ?」 ルフィの明るい声は一瞬その姿に思考を止めていたナミを我に返らせた。 「くいな・・・さん、だったわね」 「おぉ!そうだっ!前にあのサンジとかゆー奴と一緒に来たよな」 「そうね。あんたにしてはよく覚えてたわ」 小さな額を一撫ですると、ルフィは髭をピンッと張って得意げにふんぞり返った。 「・・・この人も来てたのね・・・」 ぽつりと呟いた言葉はルフィには聞こえなかったらしい。愛らしい黒猫は尻尾をパタパタと振って器用に二本足で立って踊っている。 「ルフィ、やっぱり出かけましょ」 「おっ!どこ行くんだ?」 じっとしていることが性分に合わないルフィは今度はゾロの言いつけなどすっかり忘れてキラキラと瞳を輝かせている。 「決まってるじゃない!」 立ち上がって、ナミはルフィに向かってくるっと指を回した。 ************** ++ 「それで猫ちゃん2匹を連れてきたの?」 サンジの落胆した顔が頭に浮かんだようで、くいなはケタケタと笑った後に「ご愁傷様」とゾロの向こうに座っていたサンジに声をかけた。 「言ってやってくださいよ、くいなさん。そりゃコイツに女がいるって方がおかしいっすけどね。わかったって言われたら女が来ると思うじゃないですか。」 「サンジくんが女の声を聞き間違えるって言うのも珍しいわね。今まで百発百中だったのに」 探るような視線が痛い。 くいなは大学生の頃、付き合っていた女なのだからいくら別れてからの年月が経っていたって他の女よりは自分の心の機微に敏いだろう。多少はそれを有難いと思う時がないわけではないが、こんな時は面倒以外の何者でもない。 どうすれば隣に座っているくいなにバレずに済むかと考えて、だが、ふと何故隠す必要があるのかと気付く。 あの猫がナミだと言うのではなく、今自分にはそういう存在がいるのだと公言したって何ら困ることはない。 いる、と言いかけて今度はじゃあくいなとサンジが例年の如く我が家に来た時には一体両親の前でどんな言い訳をすれば良いのだろうとも思うし、いや、それまでには彼女との仲を両親に打ち明けている自分がいるのではないかとも思う。 一言で言ってしまえばゾロの胸中、葛藤に苛まれて彼は言葉を失ってしまった。 こんなときには素知らぬ顔で構えていれば良いとはわかっているのに、あらゆる思考が逡巡してついくいなから目を逸らすようにサンジに顔を向けた。 「てめェ・・・飢え過ぎってから、猫なんかの声を間違えるんじゃねェか?」 旧友の悪口にサンジがニッと口の端を上げた。 「お前に言われたかねェな。それこそあのメス猫とできてんじゃねェか?」 ・・・なかなかいいとこを突いてきやがった。 そういやくいなと付き合い出した頃も俺が何も言わずともこのサンジという輩はその事を当たり前のように察知してたんだっけか。 「・・・おいおい、クソ真面目に考えこんじまったってことはまさか・・・」 「阿呆。てめェがくだらねェこと言うからだ」 「じゃあ本当に彼女はいないの?」 くいなの声に導かれるように振り返って、ゾロは口に出しかけた応の言葉を呑み込んだ。 今日の飲み会はゼミの集まりで15人ほどがいる。 どれも見知った顔だ。 彼らの中に見知らぬ人間がいれば、一目でわかる。 わかる筈だというのに、くいなの隣にはちゃっかりとオレンジ色の髪を揺らした女が座っているのだ。 「・・・ナ・・・ナミッ!!?」 我ながら素っ頓狂な声が出てしまった。 無理もない。 橙の髪を揺らして、サンジの家にいるべき女はしっかりといつもの笑みを浮かべてくいなの隣でビールジョッキ片手にその場に馴染んでいる。いつからいたかと思いを巡らせては眉を顰めたが、全く記憶にない。 「どうしたっていうの?ゾロ」 くいながきょとんとした顔で首を傾げた。 「ナミさんがどうかしたの?」 「な・・待て、くいな!何でお前がコイツのこと知って・・・」 「おいおいマリモマン。てめェ今更何言ってやがる?麗しのマドンナの顔を見忘れる奴がいるわけねェだろ?」 ねーナミさん、とゾロを押しのけるようにして満面の笑顔を湛えた男に、ナミがにこりと微笑んだ。 (───やりやがった・・・!) あれだけ家に居ろと言ったのに、魔法を使うなと言ったのに、ナミはその言いつけを破って平然とした顔でそこに居る。 何せ魔法を使われることがどうにも癪に障って仕方がない。 自分がどれだけその事を不快に思うかなどとナミにはわからないのだろうか。 いいや、知っているはずだ。 前にも口にしたことがある。 ナミが『魔女』だなんて自分と違う存在だということが気に食わない。 それは、もしかしたら自分とナミとの間に壁などないのだと思い込みたい気持ちが彼女のその力に対しての嫌悪感を湧き上がらせているのかもしれない。とにかく自分だって魔法なんぞ使えなくても不便と感じたことはないのだし、それがないならないで自分の力だけで何とかすればいいと思う。何よりも彼女が次第に人間界の生活に馴染もうと努力している姿を見ていたい。 口には出さないけれど、影では人間としてやっていこうと努力しているナミだからいくら悪戯じみたことをされたって許せるというものなのだ。 そうやって少しずつナミが魔法を使わなくなったことに、満足感だって覚えている。 それなのに機嫌を損ねて以来のナミはいつだってマジックキングダムの、ゾロには読めない文字が書かれた書物を手にして、魔法の勉強を欠かさない。せめてもの救いは両親がそれをどこかの外国の本だと思い込んでいて、彼女が魔女だなんて毛頭思っていないことだ。 その姿にしたって気に食わないと言うのにまさか家を出るだけならまだしも、この場に乗り込んでくるなどとは想像もしなかったものだから、ゾロは泡食ってしまった。 「・・・ナミ・・・てめェ・・・」 「おいコラ!レディに対して何つー口の聞き方してやがるっ!!」 ガンッと頭に鈍い音が響いた。 サンジが後頭部に思いっきり拳骨を食らわせてくれたらしい。 これもナミの魔法の仕業ということは明白だ。 サンジがナミを知るわけがない。 猫の姿しか見たことがないというのに、この友人が当たり前のように彼女を庇う。 記憶を変えるような魔法でも使ったのだろう。 (つまり、まだ不機嫌ってェわけか・・・) 大きな舌打ちを残して、ゾロは不機嫌な面持ちで幾分温くなって水滴のついたグラスジョッキを手にした。 喉元過ぎたそれは苦味だけを舌の上に残して、彼がまた苦い顔をすれば、向こうに座っている男と楽しそうに談笑するナミの声が耳に届く。 妙な苛立ちはどんどん募って、ゾロは思い切ったようにがばと立ち上がると、くいなの後ろからナミの肩を掴んで目で付いて来いと話しかけた。 そんな彼の姿にくいなとサンジは目を丸くするばかりだと言うのに、当のナミは笑顔絶やさぬままに「ここで言えば?」などと言う。 言えるわけもない話の内容を悟って、敢えてそんな言葉を口にするものだからゾロにしたって腹の虫が収まらない。 強引にぐいっとナミの手を引いて、彼女を立ち上がらせた。 「ゾロ、どうしたんだ?」 聞き覚えのある声に、ゾロがぎくりを動きを止めた。 「・・・ま、まさか・・・てめェ・・・」 そう言えば。 こんな童顔の級友などいるはずもない。 ナミにばかり気を取られて、彼女の隣に座る男になど一切気が回っていなかった。 黒髪の少年がニッと笑った。 「うめェな〜こんな旨いもん独り占めするなんてずりぃぞ、ゾロ!」 口いっぱいに唐揚げを頬張った少年の言葉にあぁやっぱりと内心で溜息が出てしまう。 黒猫のルフィは今やどこに居ても誰もそうと疑わぬ姿になって、ナミと同じくその場に馴染んでいた。 唯一、箸だけは苦手なのか手で唐揚げを食している以外は全くもって普通の人間という他ない。 「・・・お前も共犯か」 片手にナミの細い腕を。 空いた手でルフィの襟首をむんずと掴んで、ゾロは店を出た。 |
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