800HIT踏んでくださった真牙様に捧げます。
雪晴まで



5




「『よぉ』じゃないわよ。感動の再会なのよ?何か気の利いた言葉はないわけ?」
後ろ手で扉を閉めようとしたら、ゾロが慌ててそれを止めて奥に誰かがいるのだろう、一声掛けて外に出ようと言う。

「何よ。聞かれちゃまずいの?」

「俺がああいうバイトしてたってのは内緒なんでな」

あ、老舗の跡継ぎがそんな事してたなんて、確かに言えないだろうとナミは頷いてまたそのドアを開けた。
外に一歩出て、作務衣だけを身に着けていた男は、寒さを思い出したのかブルッと身震いして店の中にまた駆け込むと、その上からダウンジャケットを着込んで姿を現した。

「あら。さっきのも良かったのに。似合ってたわよ」
「・・・会った途端に凍死させるつもりか。てめェは・・・」

眉尻を上げてクスクス笑うナミを睨む。

数年前と何ら違わぬこの空気にナミは頬を緩ませた。

ポケットに手を突っ込んで先を行く男は、まるで昨日もこうやって会っていたかのようにナミを懐かしむわけでもなく再会の感動を憶えているようにも思えない。


けれどもそれこそがナミの記憶に残る彼の姿そのもので、彼女はじわりじわりと少しずつ広がっていく胸の内の暖かさを感じていた。

ゾロがそこにいる。

ゾロが、今、目の前にいる。

私が彼を見つけた。

この男を、私が探し出したのだ。


「愛の力ってヤツね」

内心で呟いたはずの言葉が唇から漏れていた。

くるりと振り返った男が一体何の話かと怪訝な色を濃厚にナミを見つめている。

「あんたを探すのに苦労したのよ。」

「何だ。ロビンに聞いてきたんじゃねぇのか。」

「自分の力で探し出してこそ、感動の再会ができるってもんじゃない」

その割りにはこの女にしたって、別段涙を流すわけでもなし、自分に抱きついてくるわけでもなし。
感動の再会とやらを期待していたとは到底思えない。

何も答えぬまま、人気のない方へと歩いていれば、いつしか道は海岸へと突き当たっていた。

海からの風が容赦なく叩きつけるこの浜辺が寒いとはわかってはいるのだが、それだけに人影もまばらで邪魔する奴もいないだろう。

白い砂とアスファルトを隔てている堤防沿いに歩いていれば、突然ナミはそこに乗って海を見渡した。

「見て、ゾロ。今日も雪が降りそうね」

一段高い視界には雪催い。
灰色の重たい雲が頭上に広がって、女は、ね、と言ってゾロに笑いかけた。


怒っているのだと思っていた。
半ば、諦めていたのだ。

あれから3年だ。

一年目はまぁ彼女は会社を経営するという立場なのだし、迷う気持ちもあり、自分を追うのだとしても一年は待ってやろうというつもりだったから、そう気に掛けるわけでもなかったし、自分にしてみたっていくら幼い頃から手伝ってきた和菓子作りでも、実際跡継ぎとしての腕はまだまだで親に扱かれる毎日で気付けば一年はとうに過ぎ去っていたというのもある。

二年目になってようやく生活にも慣れ、彼女はどうしたかと待ちわびる気持ちが強くなったが、それでも自分の中にある自信はまぁ待っていればその内彼女は現れるなんて言い聞かせてくるものだから、疼く胸を抑えて彼女の来訪を待った。

三年目になると、記憶は次第に薄れ彼女はもう他の男を見つけて、自分よりも年上だったのもあるのだし結婚でもしてしまったのではないかとか、その時初めて自分が姿を消したことに彼女が腹を立てたのではないかとあの別れの晩に若さ故の傲慢さから確かな約束をするでもなかった自分を悔いた。

もう駄目かと思いかけていた今日この時、あの声を聞いたのだ。


慌てて顔を覗かせれば、待ちわびた女がそこにいて、自分を見た後に初めて会った日と同じように笑った。


「変わってねぇな」

「お互いさま」

ふふっと笑った女は少女のように軽々と数十cmもある堤防から飛び降りて、吸い寄せられるように自分の胸に来たと思った時にはもう彼女の頭はぽすっと軽い音を立てて、黒いダウンジャケットのその胸に顔を埋めていた。


「金なんかじゃ買えないものって何よ」


三年経って今更聞かれるとは思わなかった。
あの日の自分はまだ22歳で、若くて、勢い任せにそういったのは数時間前に抱いた女の暖かさの余韻がまだ残っていたからだ。

「それを聞くか」

困ったように呟いて、ゾロはそっとナミの頭に手を乗せた。
変わらない。大きな暖かい、それでいて無骨な手。

あぁこの手をどれだけ恋うていただろうか。

この体温をどれだけ恋うていただろうか。

そうだな、と耳元で呟いた男に「考えてなかったの?」と問い詰めれば、彼はふと耳を欹てて空を見上げた。


雪は全ての音を吸収して降る。天から降りて、人の目に触れるその直前、世界は静まり返る。


見上げたままに動かない男の視線を追って、彼の胸の中顔を上げれば一片の雪。


「和菓子屋のおかみってのはどうだ」

「・・・ありきたりの言葉ね。いいわ、あんたの店はこの私が大きくしてあげる。もうあんたがホストなんてしなくて済むようにね」



あんたは一生私専属のホストでいなさい、なんて命令されて、そりゃ心強ぇと笑った男の頬に粉雪が舞い降りる。


じんと体に染み渡った再会の喜びに、少しずつその体を包む腕に力をこめれば、しんしんと降る雪は一つ、また一つ。

二人を祝福するかのようにふわりと舞って、じわりと溶けた。










粉雪がやんだら雪晴。

灰色の雲が次第に晴れて、光の筋がいくつもいくつも射すでしょう。


だから、雪は好きなのよ。



淡雪に頬染めて、ナミが笑った。






〜Fin〜

●反省文●
え〜と。たしか、真牙さまが1000番も踏んでくださったので
その分、700番、800番のリクを長くしようという話でしたよね・・・
短い・・・(悲
いやいや、みどりのうたのナミたんがあまりに暗かったんで
今回はその正反対のナミたんをーと思ったら・・・
あっという間に話が終わってしまいました(言い訳
その上ゾロへたれホスト。
職人部分は全くなしという何ともテイタラクな駄文に終わってしまったことを
ここにひれ伏してお詫び申し上げます。
ぎゃふん。。。(涙
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