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幽霊さがし




3




ナミ、今日は何をして遊ぼう。

今日も夏休みって言ってたもんな。

今日は何をして遊ぼう。

いつまで経っても来ないそいつを待つより、俺と楽しいことをしよう。




でも本当は、俺もそいつに会いたいのかもしれない。

顔もわからないそいつを待ってるなんておかしいのかな。




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トイレから帰ってきてすぐにナミがトイレの電気は点いたから廊下の電気を点けようと言った。

「たしかに点いてりゃまだマシか」

「でしょ?もうこんな暗い所なんてうんざり」

うんざりというよりげんなりとでも言うべきか、俺の彼女たる女は影に潜む闇に視線を這わせ掛けてはそれをすまいと目を俺に戻し、気丈な素振りをしてみせ───ま、つまり怖がってるわけだ。

「怖くもなくなるしな」

「だ、誰が怖いって言ってんのよ、エース!私は別に怖くなんかないわよ。お化けなんて信じてないんですからねっ!」

「誰もお前のこととは言ってねェさ。」

信じてない目つきで座っていた俺を見下ろすその視線は、嫌いじゃねェけど誤解は解いておかねェとな。

「俺が怖いから」


ナミは嘘つき、と言った。


頭がいい女ってのはどうも他人をまず疑って掛かるらしい。
俺はいつでも本音しか言わねェんだが。

考えてもみろよ。
こんだけ暗ェんだ。
廊下の先はどんだけ月が眩しく照らしてもやはり昼に見る校舎の輪郭と違う。
ともすればまっすぐ定規で引いたように見える床の線や、柱がぐにゃりと曲がって、歪からは俺らが見たこともない恐怖が姿を現してもおかしくない状況だ。
ただ、自分でもどうしようもないほど根付いちまってる楽観主義な『俺』が、窓が開かなくなったのはどうせ建て付けが悪い所為だの、朝まで寝りゃ教師か用務員のおっさんがどうせ来るだのとやかましいから、妙に冷めた頭でやはりそんなものは存在しないのだと考え直してるに過ぎない。

学校ってのには兎角誰かが死んだという話がどこかに残っていて、誰もいない教室、音楽室、トイレ、幽霊と結び付くキーワードで成り立ってる不可思議な建物だ。

この暗闇を膨張させる『怖い話』というのが、俺の中では小学校の時に聞いた話なのか、はたまた中学校で友人が言ってた話か、この学校に入学してからクラスメートが話してた噂なのか全く整理されていないから、全ての話がごちゃ混ぜになって一つの畏怖感を俺に与えようとするなら、こっちはそんな眉唾モンに恐れを抱くほどガキのままじゃねェと軽くいなせる。俺も大人になっちまったもんだねェと心中呟いて、けど、そう思ってはみたものの、所詮自分もまだ世間から見りゃ年端もいかぬ若造のくせにと自嘲した。

ともかくも、こんな事を考えてる時点で俺ァ幽霊とかそういうもんを十分信じてるんじゃないかと思う。
だからもしもそれが出てくりゃ『怖い』と思う俺が居るかも知れないと予想して当然だろう?
なら、なるべくナミの言う通り廊下は明るく光で照らし、俺たち以外に誰か居るようで居ないこの校舎で幽霊野郎が出づらい環境にしときゃどうかと賛同したわけだが。長男の性とでも言うべきか、年下が怖がってりゃ自分がしっかりしなければと思う。特に今の状況じゃ俺はただ一人の年上だからな。

それで笑顔を振りまいて安心させようとしたのは無意識の行動だったが、ナミはそれを見て誤解したのか。

すぐに嘘だと決め付けた俺の彼女は丸い瞳をぱちぱちと瞬かせてさらに一言「あんたが幽霊とか信じるとは思えないわよ」と断言した。

「いたら俺だってビビるって。幽霊だぜ。怖い怖い。」

まぁ本当に怖いかどうかは会ってから判断するかね。
とりあえずは『怖いかもしれないもの』として話を進めよう。

「違うわよ。」

ナミは頬の下、顎の輪郭に沿って人差し指をぴたりと当てると唇を僅かに尖らせたままじっと俺の顔を見てから「あんただったらね」と続けた。

「お化けを見てもきっとお化けって思わないまま友達になるのよ、きっと。」

「・・・・あぁそういう意味か。いや、こっちの話だ。けどそりゃねェだろ。さすがにわかるさ、お化けぐらい」

おどけて両手を胸の前まで上げ、ぶらぶらとしてみたがナミは一向に表情を変えようとしない。

「そうかしら?わかんないわよ。例えば───」

「例えば?」

ナミの友達というビビがポニーテールに束ねた長い髪を揺らして横から口を挟んだ。
好奇心に疼いているようで、じっとナミの言葉に耳を欹てている。

もっともこの場で耳を欹てているのはこのビビだけではなく、俺の後ろで廊下に座り込んでいる男もそうだろう。
黙ってるのがいい証拠だ。

「もしかしたら、私がお化けかも知れないわよ」

「・・・・・・・えぇっ?!ナミさんが・・・?」

「ビビ!本気にしないでよ!例え話よ、例え話。」

「例え話・・・ねぇ。」

「そうよ、エース。」

ナミが意味ありげに俺を見て笑った。
二人で話した時の会話から、この例えを振ったのだと、ようやく思い出し「あぁ、あれか」と言うと、ビビが「あれって?」と尋ねた。

「そりゃあ・・・」

「駄目よ、エース。」

そうか。
そういえば誰にも言うなと言われたんだったな。

ナミが制止したからと肩を竦めてみれば、ビビは俺たち二人の顔を交互に見てから「お二人仲が良いんですね」と笑った。



あの日のことは当然、まだ一月と少ししか経っていないのだからありありと覚えている。
放課後、適当にクラスメートとつるんで時間を潰した後、夜も遅く家に帰った時間だからあれは10時かそれより少し前だったか後だったか、とにかくそんな時間だった。
学校はテスト前ということもあって、部活もない。

余談だが、この高校を選んだのはただ単に家の真隣の敷地だったからという理由だったが、俺の弟も近くに住むゾロも同じ理由で受験したのだから、最初に理由を訊いた時、そんな理由でと心底呆れたような顔をした親も下の二人が続けざまに同じ理由で入学したのだから、今の子はそうなのかしらと近所のおば・・・ご婦人方とよく話している。

とにかくその学校を傍目に通り過ぎて家の前まで辿り着いた。チャイムを鳴らそうとしてから、夜に帰ってくる時は自分で鍵を開けろと親が言っていたと思いだし、ポケットをまさぐってみたが出てこない。
もしやどこかで落としたのかと今度は鞄を開けて中を探っていると、隣の家で犬が吼えた。

俺には慣れて吠えることはない白い犬が小屋から出て盛んに吠えている。

この時間だ。

帰宅途中のサラリーマンの姿でも見つけたのかと何気なく通りへと顔を向けると。


俺と同じ高校の制服を着た女が歩いていた。
夏服の白いワイシャツは近隣の高校の制服と同じだが、スカートがグレイのチェックなのは俺の高校だけだから間違いない。


しかも街灯に照らされた髪も、肌も、服も全てびしょ濡れのままになっている。


ぽたぽたと服の裾から雫が零れるたびに電信柱につけられた街灯の白い光が反射して、夜にこれほど美しい光はないのではないかと思わせる。

とは言え、宵闇に紛れれば当然白いワイシャツは輪郭をぼんやりと仄めかして映るばかりで歩いていく彼女はまるで幽霊か何かではないかと、そう思った、と、ナミと付き合うようになってから言った。

ナミはその時のことを指しているのだろう。


何故こんな時間に制服姿のまま───俺も制服のままだったが───全身びしょ濡れなのか、気になるのだから声を掛けようとした矢先、鞄の中の指先に固い金属が触れた。取り出してみれば家の鍵だ。


「着替えねェの?」

家の鍵を手の中に握り締めて、隣の家ではわんころがよく吠える中、だが犬が吠えてくれて助かった。
慣れたご近隣の皆様はこの犬が吠えたら誰かが道を通ったのだと思うだけだろうし、何せ俺の声もかき消してくれる。
今は通りを歩く、彼女にだけ俺の声が届けばそれで十分だ。

「・・・・?」

オレンジ色の髪が揺れた。

振り返った彼女は突然声を掛けられてびっくりした様子だったが、すぐに眉を潜めて警戒心を顕にした。

「何、あんた」

それでも口を開くだけまだマシなんだろう。
お互い同じ制服を着てるということに気付いたからか、俺が自分ちの玄関先から声を掛けたからか、とにかく彼女は利発そうな瞳で俺を見て、何かを気にしているのか左耳を抑えながら、歩みを止めていた。

梅雨も開け始めたのかと思う7月も上旬だ。
夜も生温い風がふわりと吹いて風邪を引くかもしんねェからという理由は、季節柄合わない気がする。

「そこで待ってりゃ服持ってきてやるけどな。どうする?」

「どうするって・・いいわよ、すぐに乾くわ。絞ったし」

確かにスカートはあのひだひだが皺くちゃになってるし、白いシャツもところどころよく目を凝らせば裾を絞ったように見えるが、それでも水滴が落ちている。その上、濡れたシャツはぴたりと肌にくっついてブラジャーが丸見えだ。俺の目に喜ばしいことこの上ないということは、世の男性全員にとって同じことなんだがな。

「誰かに襲われてもいいってんなら貸さねェけど」

「・・・・誰に?」

「俺に」

「な、な、何言って・・・」

「冗談だ。ま、待っとけ。あぁ、そこじゃ目立つから」

手招きして家の門の内側に入るようにと指し示すと、女は渋々と段差を上がり、門の内側でぴたりと止まると、また左耳を指先で弄ってそれ以上踏み込もうとしない。

警戒しているつもりなのだろう。

だが、濡れたシャツ自体が目の毒だと気付いていない。

両手で透けた下着を隠そうともせず「ここあんたの家?」と訊いた。

「そうじゃなきゃ泥棒になっちまう」

玄関の鍵を開けて振り向くと「上がらないわよ。」と女は即答した。

「パンツも貸してやろうか」

「・・・・い、いらないっ!」

「だから冗談だって」


家に上がると両親は居間でテレビを見ているらしい。
弟は自分の部屋で漫画でも読んでいる頃だ。
自室に入って箪笥の引き出しを開ける。

とは言え、俺より身長が低く肩幅も狭い女に妙なモン着せてもなァ・・・───弟の方がサイズが近いかもしんねェけど、わざわざ家人に家の前でずぶ濡れの女が居ると言うのも面倒だ。

それならこれしかねェかとジャージを取り出した。

夏の夜にしちゃ暑いか。
けどまァ、制服の上に着るのにそうおかしくもないと言えば同じ制服の一つでもあるジャージしかねェしな。
あァ、でも一応何個か持ってって選んでもらえばいいか。
まとめて持てば色とりどりの自分の服を見れば、何故か気分が浮ついていく。
妹がいたらこんな気分なんだろうかと思ったが、けど、俺には既に弟が居て服を貸すこともある。
その時はこんな気分にならねェし、やっぱり妹とかそういうのじゃなく女に自分の服を着せるってとこがポイントなんだろう。

部屋から出て階段を降りる。
別段音を鎮める必要はない。
両親は俺が帰っているか、弟が降りてきたかと思うだけだろうし、俺がまた家を出れば友人の家に泊まりに行くのかと思うだけだ。
かと言って放置ばかりしているという具合でもなく、好きなことはさせるが礼儀は欠かすなという一点に置いて非常に厳しい。

玄関のドアに手を掛けた時、ふと、もしかしたら女がもう居なくなっているのではないかという考えがふつふつと湧いてきた。



開いたドアの向こうを確認するように見る。



「───何よ」


彼女はさっきと変わらない位置にそのまま・・・いや、俺が居ない間に下着が透けていることにやっと気付いたのか、両手を胸の前で、隠すように組んで待ちわびていたかのように先に口を開いた。


「帰ったかと思ってな」

「あんたが待ってろって言ったんじゃない」

「そりゃそうだ。悪い。」

謝ると、女は少し戸惑ったようで、唇をきゅっと結んでから「別に」と顔を背けた。


服を見せると、彼女もまた俺と同じ考えに至ったのかこれ貸してと指差したのはジャージだった。長袖だが夜道を歩くにはいいだろう。惜しむらくはその細く白い肌に透き通る腕が俺の目の前で隠されてしまうことだ。


借りるわよ、と言いながらジャージをもそもそと着ると、女は暑いと文句を言うこともなく「服はすぐに返すわ」と言った。

「冬まで着る予定はねェからいつでもいいさ」

「バカにしないでよ、冬まで借りるわけがないでしょう」

「ま、な」

「・・・・ごめん」

突然、しおらしい声が耳に届いて彼女をまじまじと見た。
気付けば隣の犬は吠えていない。
俺と話していた彼女を、我が家の客人とでも思ったのか小屋に戻ったようだ。

「違うのよ、私。いつもはこうじゃないの。こうじゃなくて・・・その・・・今日は特別なのよ。そう、特別!」

「こうじゃねェって?」

「だから・・・───あぁもう、何言ってんだろ。こんなこと初対面のあんたに言っても仕方ないわ。」

そう言って彼女は頬を染めると困り果てた顔のまま「何でもないの。」と言った。

「おかしいわ。今日の私・・・お願い、今日のことは忘れて。誰にも言わないでよ。」

「忘れろって言うなら忘れてもいいぜ。」

俺の言葉に彼女はようやく安心したらしい。
心底ほっとして、初めて笑顔を見せた。


「ありがとう。あんた、いい奴ね」


名前を訊いた。

その笑顔を出来ればもう一度見たいと思うのは当然だろう。

濡れた睫毛が光に輝いた。

真正面から見据えた瞳が潤んでいた。

彼女がずぶ濡れでなければ、せめて、その顔が泣いていたのかどうかわかっただろうに。




それが幼馴染のクラスメイトの女だったと知ったのは案外すぐだった。




廊下で見かけた幼馴染の隣にオレンジ色の頭があった。

それでも、人を介して近づいても意味がない。

だから今こうして付き合ってるのは俺にしてみりゃ棚からぼた餅以外のなにものでもねェというかな。


そもそもゾロが我が家に来た時に、ナミがいい女だと口にしただけなんだが、あいつにしては珍しく気を利かせて数日後には俺とナミは付き合うことになった。


いーや、珍しいなんてもんじゃなかったな、あん時は。

幼い頃から見てきた弟の一人みてェなゾロが、生まれて初めて風邪でも引いてんじゃねェかと不安になったぐらいだ。





───だから、俺はあの日、7月3日、ナミとの間にあった事は口に出さない。





俺の直感がそれはゾロの前で言っちゃいけねェんだと告げている。

ナミに何があったかと問いただしたことはない。

ナミが抑えていた左の耳に唇を寄せただけで拒まれりゃ哀しいかな、何があったかと思いを巡らす自分が居る。



だから俺は訊かない。



俺がナミに惚れたみてェに、俺の後ろでむっつりとしたまま耳を欹てているゾロが、その胸の内で何を考えていたとしても。



余程のことがあれば、ナミもゾロも俺に言うだろう。


その時を待っている。




ビビの言葉は敢えて返さず「つけるか」と天井を見上げて言った。

「お化けとやらが出ねェ内に」

「また・・・」

「嘘じゃねェさ。俺ァ怖がりなんだ」



ついでに俺はいい格好したがる長男でもある。
改めて考えりゃ厄介なもんだな。



「んん・・・もうっ。いいわ。とにかくつけましょ。廊下の電気のスイッチ、どこにあったっけ?」

「ここにあるのは階段の電気かしら?」

ビビが廊下との境目にあるスイッチを指差した。

「あら、あるじゃないv階段だって何だっていいわよ、とにかく明るくな・・・」

「・・・・おい、今何か聴こえたか?」



ゾロがようやく口を開いて漏らした言葉に4人全員がふっと押し黙った。
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