しばらく、ビビは声にならない声で泣いていた。


「ビビ、宿まで送る」

コーザは静かにそう言った。

「・・・・イヤ」

「ビビ」

コーザはため息をつく。
その嘆息を聞いて、ビビは悲しくなった。

リーダーは呆れている。

こんな子供のような私。
呆れられて当然。

それでも・・・「ダメ」という言葉だけじゃわからない、わからないよ・・・リーダー

そう言いたいのに、口を開くと大声で泣いてしまいそうで
唇をぎゅっと噛んだまま、ビビは俯いていた。


「ビビ」

またリーダーが静かな、低い声で私の名前を呼ぶ。

「・・・リーダー」
「あぁ」

「リーダーは・・・私が・・・嫌い?」


嫌い・・なわけがないじゃないか。

好きだ。
どうしようもなく。
ずっと前から。

そう言ってしまいたい衝動に駆られたが、自分の気持ちを押し殺す。

ここで嫌いと言えば、ビビはきっと諦めてくれるだろう。
その一言で、彼女は俺を諦める。

でも、どうしたことか、口が動かない。
だって、それは本心ではないから。
最も自分の気持ちとかけ離れた言葉だから。

「・・・・・・・」

コーザは何も言えずに、視線を足元に向けた。
どう言えばいいのだろうか。
いや、何を言ってもビビは傷つくだろう。
例えそれがビビの将来のためであっても・・・
愛しいビビをこれ以上傷つけたくないのだ。

何を言えばいいのか、どうすれば良いのか、
コーザの頭に色んな思いが逡巡する。


「リーダー」

ビビの声が耳に入る。

その途端、コーザは自分の胸に心地よい暖かさを感じた。

空色の髪の王女は、彼の腰に腕をまわして
胸に顔を寄せていた。


「・・・ッビビ!」

ビビの肩をつかんで、引き離そうとした。
ビビはぎゅうっとしがみついて離れない。

首を振って、離れたくないと言わんばかりに腕に力を込める。

その肩は、わずかに震えていた。


「・・・・・ビビ」

「・・・嫌いなら嫌いって言ってよ、リーダー。
 そうしたら、私諦めるから・・・」

か細い声で彼女が言う。

自分の胸に彼女の吐息がかかるのがわかる。
自分の激しくなった鼓動も、きっと彼女に伝わっている。

それぐらい、コーザの体の中は熱を帯びて
自分の心臓の音で他の音は何も聞こえないほど
胸が高鳴っていた。

震える手で、そっと彼女の肩を包んだ。


「俺がお前を嫌ってるように見えるか?」


彼女のやわらかい髪に顔をうずめて、掠れた声でそう言った。


ビビは、その言葉を聞いても彼の胸に顔をうずめたままだった。

「・・・・でも」
「でも?」
「俺じゃダメなんだ・・・」

「俺はお前を幸せにする資格がない」


あの時、国王を・・・ビビを信じなかった自分。
もう取り返しのつかない過去。
クロコダイルに踊らされていることにも気付かず
自分勝手に吠えていただけの情けない過去。

「だから、ダメなんだ・・・
王女が反乱軍を率いていた男となんて・・・
許されるはずもないだろう?」




初めて、吐露した自分の気持ちは
言葉にすればするほど、我が身を打ちのめす。
切り裂かれるような思いで、口にした言葉。
でも、それが本音だった。

隠しようもない真実。


「ずるいよ、リーダー」

ビビが言った。

「・・・ずるい?」

「ずるい」


ビビが、ようやく顔をあげて、コーザも抱き締めていた腕の力を緩める。

「だって、もう私の気持ちは止まらないわ。
 こんなに私の心を奪ったのは誰?」

ビビが、泣き笑いのような表情を浮かべながら続ける。

「今、ここにいる私は王女じゃない。
 リーダーが好きなただの女よ。
 リーダーのことが好き。
 それだけが真実なのよ。
 反乱軍を率いていたことが何だって言うの?
 誰もそんなことを恨んでやしないわ。
 だって・・・みんながみんな、自分の住む国のために戦っていたんじゃない」

王女じゃない、なんて言葉が似つかわしくないほど
その瞳には気高い彼女の気質が顕れていた。


「ビビ。頼むからわかってくれよ」
困惑した表情でコーザは懇願するような眼差しを向ける。
駄々ッ子をなだめるように、優しい口調で。

「わからない。
 わかりたくもないわ。
 後悔して泣くのは嫌だもの」
ビビは、その空色の髪を揺らして、頭を振った。
「いや、きっと後悔する」
「どうして、そんなことがわかるの?
 リーダー、私たちは今を生きているのよ。
 過去に生きているんじゃない。
 未来に生きているんじゃない。
 今、私たちがこうやって向き合っている時間を生きてるの。
 今の気持ちが私のすべて。
 リーダー、もう一年経つの。
 いつまで意気地ないことを言ってるの?」

「意気地ないわけじゃない!
 ただ、俺はお前の将来を思って・・・」

「私の将来は、私が決めることよ。
今、私がこうしてリーダーと二人でいることに幸せを感じることは
リーダーにとっては・・・迷惑なことなの?
私がリーダーを好きと思う気持ちは
リーダーにとっては、迷惑なだけ?」


「ビビ・・・」


つ・・・とビビの頬に涙が流れた。

どこから入ったのだろうか、隙間風に揺らされたランプの仄かな明りが揺らめいて
少女の頬を伝うその涙を映し出した。

「俺は、許されない過ちを犯したんだ。
 逃げてるんじゃない・・・」


「なによ、リーダーの意気地なし!」



ビビはそう叫んで、客室へと駆け込んだ。